前回は、血糖値の検査と糖代謝異常(妊娠糖尿病)のお話をしていきました。
日本の自治体公費負担の血液検査では正常経過であれば、妊娠初期の血液検査、妊娠中期の後半(妊娠24週以降)で行われる、血液検査、分娩前に3回は血液検査があります。3回のうち、妊娠初期には感染症の検査、初期・中期には血糖値の検査を行いますが、3回とも行う検査に「血算検査」があります。
「血算検査」とは、血液中の赤血球、白血球・血小板の数や大きさを測ったり、ヘモグロビン濃度やヘマトクリット値を測定します。この血算検査については病院・産婦人科クリニックは計測機械を持っているので、すぐに結果がわかります。
なぜ3回も検査を行うのでしょうか。それは、「妊娠による身体の変化」と「貧血」が関わって来ます。今回は、そのことについてお話して行こうと思います。

もくじ
妊娠による血液検査の基準値変化
妊娠中の血液検査の基準値の変化を下の表に示しました。
検査項目 | 非妊娠時 | 妊娠初期 | 妊娠中期 | 妊娠後期 |
赤血球(×10000/μg) | 400~500 | 342~455 | 281~449 | 271~443 |
ヘモグロビン(g/dl) | 12~15.8 | 11.6~13.9 | 9.7~14.8 | 9.5~15.0 |
ヘマトクリット(%) | 35.4~44.4 | 31.0~41.0 | 30.0~39.0 | 28.0~40.0 |
白血球(×1000/ul) | 3.5~9.1 | 5.7~13.6 | 5.6~14.8 | 5.9~16.9 |
血小板(10000/μl) | 16.5~41.5 | 17.9~39.1 | 15.5~40.9 | 14.6~42.9 |
赤血球・白血球・血小板は私たちの血液の中を流れる細胞です。それぞれの細胞には役割があり、
赤血球は、細胞に酸素を送る働きがあります。
具体的に言うと、赤血球にあるヘモグロビンというタンパク質が酸素と結合して運搬します。
ヘマトクリットは血液中の赤血球が占める割合のことを言います。
白血球は免疫に関わる細胞です。病原体が体内に侵入してきたら白血球の仲間たちが攻撃をします。
血小板は傷を塞いで止血する役割があります。
妊娠中、血液量は増加する
妊娠によって、女性の身体の血液量は増加します。その理由は単純、お腹の中の赤ちゃんに血液や酸素を送るために胎盤への血流を確保するためです。ですが、主に増えるのは血液の55%を占める液体成分である「血漿」。赤血球も頑張って増えようとはしますが、血漿の増加には追いつきません。結果、水で薄まったような状態となり、そのため上の表のように非妊娠時に比べて、赤血球の数が少なくなり、その結果ヘモグロビンも減り、赤血球の割合(ヘマトクリット)も減少するようになります。
妊娠中の貧血
そして酸素を運ぶヘモグロビンを作るには「鉄」が必要となります。そして赤ちゃんも胎内で血液を作って鉄を貯蔵しています。生後6ヶ月分の鉄を貯蔵している話は離乳食の回でしましたね。
赤ちゃんにも鉄分が必要だし、赤血球も増えるから鉄が必要となり、結果、
妊娠中は「鉄欠乏性貧血」になりやすくなります。
鉄欠乏性貧血は多くは無症状ですが、貧血が高度になると母体は顔面蒼白、疲れやすい、めまい、息切れを起こすなどの症状がでてきます。そしてさらに貧血がひどくなると早産や赤ちゃんの胎内での発育が悪くなるという影響もあります。貧血と診断されれば治療の必要がでてきます。
なお、妊娠中の貧血の診断基準(WHO)は、
ヘモグロビンが11g/dl以下、ヘマトクリットが33%未満となります。
貧血と診断されれば、食事療法もしくは鉄剤の内服となるのですが、鉄剤の副作用に吐き気があり、飲めないという人もいます。食後に飲むと吐き気が強くなりやすいので、食間に飲むことを勧めることもあります。ですが、それでも飲めない場合は検査結果によってはサプリメントや食事で鉄を補うということもあります。ただ、貧血が高度である場合は、点滴での鉄分補給を行うことがあります。
若い世代で中で栄養不足による貧血の人がいますが、妊娠すると貧血はもっと進行しますから、今の内に鉄分補給や貧血の原因には対処しておくことをお勧めします。
なお、どれくらいの鉄分が必要かという情報は、
こちらのページを見てくださいね☺️
白血球は増加する
赤血球はみため上減りますが、白血球は増加します。これは何が問題になるかというと、虫垂炎や感染症などによる炎症が見逃されてしまうのです。
妊娠中に虫垂炎(いわゆる盲腸)になると、子宮の増大で虫垂の位置がずれてしまうことや腹膜刺激症状が目立ちにくいこと、便秘や食欲不振、吐き気や嘔吐は妊娠中珍しくない症状であること、炎症で白血球が増加しても「妊娠の影響?」と見逃されやすいです。故に虫垂炎が悪化したり、炎症によってからだから出る成分(プロスタグランジン)が流産・早産の症状を引き起こすこともあります。
血小板はやや減少
血小板はやや低下しますが、極端に低下すると、手術や無痛分娩時の麻酔挿入に影響が出ます。
また、妊娠中は凝固機能が亢進し血栓ができやすくなります。何が問題になるかというと、「エコノミークラス症候群」。災害などで、車中泊をして同じ姿勢でいると足に血栓が形成され、その血栓が肺や脳の硬塞の原因になったりすることも。同じ姿勢と言えば、「エコノミークラス症候群」という名前の通り、長時間の飛行機、電車、車での移動時にも気をつけて欲しいです。
まとめ
妊娠中の血液の変化については、
●赤血球は血液の液体成分が増えるため見かけ上減少し、また胎児への鉄の供給も必要となるため、鉄欠乏性貧血になりやすい。
●白血球が増えるが、それによって感染や炎症が見逃されることがある。
●血小板はやや低下するが、極端な低下は、手術や無痛分娩の麻酔挿入に影響する。また、血栓ができやすくなるため、長時間同じ姿勢でいることは避ける。
妊婦健診でなぜ血液検査をするのかわかっていただけましたでしょうか。
注射は怖いですが、必要な検査ですので、みなさん頑張って採血に臨んでください。
なお私は皮下脂肪が厚いので、看護師泣かせというか、
「あ、もっと深めですね。」とか自分で申告します。
<参考>
1)牧野真太郎「血算・凝固系・生化学検査」『ベリネイタルケア 第35巻 第5号』、メディカ出版、2016
2)『病気がみえるvol.10』,メディックメディカ,2013
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