第25回 妊娠⑦ 妊娠高血圧症候群

はじめに

今回は妊娠高血圧症候群についてお話ししていきます。
「高血圧」と聞くと、肥満の人中高年の人の病気と思うかもしれませんが、実は妊娠によって「高血圧」となってしまうことがあります。そして、この高血圧の状態は、母体だけでなくお腹にいる赤ちゃんにも影響があることも。
今回は、どういう状態を妊娠高血圧症候群と呼ぶか、治療についてお話ししていきたいと思います。

昔は妊娠中毒症と呼ばれていた

「妊娠高血圧症候群」というと、妊婦さんのお母さん世代はピンとこないかもしれません。その代わり、「妊娠中毒症」というと、「ああ〜」と返答するのではないかと思います。妊娠中毒症の頃は、「浮腫」が診断基準の一つでありましたが、今は診断基準から外れています。

2004年に「妊娠中毒症」は「妊娠高血圧症候群」に名称が変更になりました。その際、英語表記がPregnancy Induced Hypertension であることからその頭文字をとって「PIH(ピー・アイ・エイチ)」と医療者は読んでいました。

ですが2005年に作成された妊娠高血圧症候群の定義(どういう状態を妊娠高血圧症候群と呼ぶか)や病型分類が国際分類と異なることや、妊産婦の高年化もあり、妊娠前からの高血圧の存在が無視できなくなったことなどから、2017年にこの英語表記はHypertensive Disorders of Pregnancy;HDP に変更となり、2018年には定義や臨床分類、診断基準が国際基準に合わせて改定されました。

妊娠高血圧症候群はどういう状態?

妊娠高血圧症候群の定義は、その名が表すとおり、「妊娠時に高血圧を認めた場合」です。それは、高血圧発症時が妊娠前、あるいは妊娠中かは問いません。
高血圧の定義は、収縮期血圧(血圧の上の方)が140mmHg、拡張期血圧が90mmHg以上の場合を高血圧と診断されます。
妊娠高血圧症候群の中で妊婦の状態から、
①妊娠高血圧腎症
②妊娠高血圧
③加重型妊娠高血圧腎症
④高血圧合併妊娠
に分類されます。

どういう人がなりやすいの?

妊娠高血圧症候群の主なリスク因子として
母体の年齢が35歳以上、高血圧や妊娠高血圧症候群になったことがある家族がいる、肥満、糖尿病、自己免疫疾患、多胎妊娠、初産婦、前回の出産で妊娠高血圧症候群になったことがある人、などがあります。
ですがこれらの因子に該当する人でも妊娠高血圧症候群にならない人もいますし、因子がなくても妊娠高血圧症候群になる人もいます。

そもそも妊娠すると血圧はどのように変化するのか

血圧というのは血管壁に与える血液の圧力のことで、心臓から送り出される血液量(心拍出量)と抹消血管での血液の流れにくさ(抹消血管抵抗)で決まります。心拍出量や抹消血管抵抗が高くなれば血圧は上昇し、低くなれば血圧は低下します。

妊娠中は、母体の体重増加とお腹にいる赤ちゃんに栄養や酸素を胎盤を通じて提供しないといけないので、胎盤にも血流を確保しないといけないので、循環血漿量は増加します。そうすると心拍出量が増えるのですが、妊娠するとプロゲステロンというホルモンの分泌が増えます。このホルモンは、血管の平滑筋を弛緩させる働きがあり、それにより抹消血管抵抗が低下します

その結果、通常は妊娠によって血圧は変化しないかむしろやや低下します。

ですが妊娠高血圧症候群の妊婦さん(特に妊娠高血圧腎症)の場合、胎盤の形成が上手くいかないことで胎盤から母体に血清因子が放出され、多くの臓器で血管内皮が障害されます。それにより、血管が収縮して血圧が上がるだけでなく、血管内から水分が漏れて浮腫が出たり、血管に血栓ができて血管が詰まり、血液の流れが悪くなったりします。逆に出血が止まりにくくなることもあります。

血管から水分が漏れることによって、頭では後頭葉という部分に漏れ出た体液が貯留し組織が腫れて頭痛の原因となったり、脳浮腫となって痙攣発作を起こすことがあります。

妊娠高血圧症候群の治療は?

胎盤から放出される血清因子が悪い影響を与えているわけですから、治療の基本は、妊娠の中断(ターミネーション)です。ですが赤ちゃんが未熟な状態で出てしまうと、赤ちゃん自身の生命や予後に影響しますので、母体の状態と赤ちゃんの状態を見ながら、可能な限り妊娠を継続していきます。

母体が妊娠高血圧症候群である場合、胎盤形成が上手くいかないことから胎盤の血流は悪くなります。そのため、赤ちゃんが週数に比べて小さかったり、胎内で元気がなくなることもあります。

妊娠を継続する場合は、安静にしたり食事療法を行います。
妊娠高血圧症候群の妊婦さんは浮腫の影響で体重が急激に増加します。実は血管内から水分が漏れ出ていることから、血管内の血液は濃縮傾向にあります。そのため、過度に塩分制限や水分制限をしたり、利尿剤を使ってしまうと状態が悪化する恐れがあります。

妊娠高血圧症候群が重症化する場合は、血圧を下げるためのお薬も使っていきます。ですが、妊娠していることで薬の成分が胎盤を通過し赤ちゃんに悪い影響を与えることがありますので、赤ちゃんへの影響が少ない、妊婦さんでも使えるお薬が選択されます。

分娩については通常の経膣分娩痛みにより血圧が上昇し危険であるため、これまでは帝王切開での分娩となることが多かったのですが、「無痛分娩」で使用する硬膜外麻酔によって痛みが取り除かれるだけでなく、降圧作用(血圧が下がる)ことから施設によっては無痛分娩という選択肢も選べるかと思います。ですが、緊急を要する場合は、帝王切開での分娩となることもあります。血圧上昇の有無を問わず、経膣分娩でも無痛分娩でも緊急を要する場合は帝王切開となることはあるのです。大切なのは、お母さんと赤ちゃんの命なのです。

最後に

高血圧は妊娠していない人でも自覚症状がなければ生活改善は難しいものです。ですが、私は臨床で働いている時、痙攣を起こしたり、脳出血を起こしたりと、妊娠高血圧症候群で危険な事態にあった人を実際に見てきました。

妊娠高血圧症候群の原因に胎盤の形成不全がありますから、それは本人がどうすることもできないこともあります。妊娠することは安全ではなく、このような危険な「病気」があることも知り、それを早期発見するために妊婦健診があることも知ってください。

なお、体重測定で体重増加していることを怒られたくないのか、認めたくないのかサバよんで申告する方がいらっしゃいますが、正しい評価ができなくなるのでやめましょう。
おかげで分娩直前に10kg増えたことになった人がいます!!(笑)

<参考文献>
1)田中幹二ら 編「特集 妊娠高血圧症候群 新基準とケア すっきり解説 外来、降圧薬、妊娠前から産後の母体管理まで最新アプローチ」,ペリネイタルケア Vol.39 no.5,メディカ出版,2020,p11-73
2)山崎峰夫 監修「妊娠高血圧症候群(PIH)」,病気がみえる vol.10,第3版,メデックメディカ,2013,p98-107

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